二百十日(にひゃくとおか)(にひゃくとおか)とは、立春(りっしゅん)から数えて210日目にあたる雑節(ざっせつ)で、例年9月1日頃に訪れます。台風の襲来が特に多い時期と重なるため、古くから農家を中心に警戒される厄日として知られてきました。この記事では意味・由来から台風との関係、各地の風祭りまで解説します。

CHAPTER 01二百十日の意味と由来
この雑節は立春を起算日として210日目の日を指します。2026年は9月1日にあたります。稲の開花時期と重なる上に台風シーズンの最盛期でもあるため、農作物への被害が心配される時期です。
渋川春海(安井算哲)が貞享暦を編纂した際に暦注として加えたのが始まりとされ、江戸時代から農業暦として広く認知されてきました。渋川春海はまず「伊勢暦」に二百十日を記載し、その後幕府天文方として整備した貞享暦にも正式に取り入れました。二百十日は「厄日」の中でも農民に最も恐れられた日であり、同様に立春から220日目の「二百二十日」も厄日とされ、合わせて注意が呼びかけられます。
「台風」の語源 ― 野分からタイフーンへ
現在「台風」と呼ばれる暴風雨は、もともと「野分(のわき)」や「暴風」と呼ばれていました。紫式部の『源氏物語』にも「野分」の巻があり、秋の激しい風が物語の情景を彩っています。「台風」という呼び名が定着したのは明治末年のことで、中国語の「颱風(たいふう)」が英語の「typhoon」の語源となり、日本でも英語に合わせて「台風」と表記するようになりました。それ以前の日本語では「颱風」「大風」など表記が統一されていなかったのです。
INFO / 源氏物語「野分」の巻
紫式部が描いた「野分」の巻では、秋の激しい暴風雨の中で光源氏の邸宅が嵐に見舞われる場面が登場します。「野分」とは野の草を分けて吹き荒れる風、すなわち台風のこと。平安時代の貴族たちも、台風の脅威を身近に感じていたことがうかがえます。
9月1日頃
二百十日の時期
立春から210日目
計算方法
台風の厄日
古来の認識
CHAPTER 02台風との関係
気象データを見ると、8月下旬から9月にかけては実際に台風の上陸・接近数が年間で最も多い時期です。二百十日の前後は、太平洋高気圧の勢力が弱まり始め、台風が日本列島に接近しやすい気圧配置になります。
科学的な気象予報がなかった時代、農家にとって二百十日は「暴風雨に警戒すべき日」として重要な目安でした。現代でもこの時期は台風への備えが欠かせず、ハザードマップの確認や非常用品の点検を済ませておくことが大切です。
歴史に残る大台風
日本の歴史をひもとくと、台風がいかに恐ろしい災害をもたらしてきたかがわかります。永祚元年(989年)には京の都を猛烈な台風が襲い、平安京の象徴であった朱雀門が倒壊するほどの被害が出ました。近代に入ってからも、昭和9年(1934年)の室戸台風は関西を直撃し、死者・行方不明者3,000人を超える甚大な被害をもたらしました。室戸台風は日本の台風被害のシンボル的存在として語り継がれています。
| 年 | 名称・出来事 | 主な被害 |
|---|---|---|
| 989年(永祚元年) | 永祚の台風 | 京都・朱雀門が倒壊。平安京に甚大な被害 |
| 1828年(文政11年) | シーボルト台風 | 九州北部を直撃。死者約19,000人 |
| 1934年(昭和9年) | 室戸台風 | 関西直撃。死者・行方不明者3,036人 |
| 1945年(昭和20年) | 枕崎台風 | 広島を中心に死者3,756人。戦後最大級 |
| 1959年(昭和34年) | 伊勢湾台風 | 死者・行方不明者5,098人。日本最大の台風被害 |
パ
新米パパ / 子育て中の父親
平安時代から台風の記録があるんですね。二百十日が厄日になったのも納得です。
博
カゾイロ博士 / 行事・風習の専門家
そうなんです。特に伊勢湾台風の甚大な被害をきっかけに「災害対策基本法」が制定されました。二百十日の教えは、現代の防災の原点ともいえますね。
CAUTION / 台風シーズンの注意
二百十日の頃は台風の発生・上陸が最も多い時期です。稲の花が咲く大切な時期と重なるため、農家にとっては「厄日」とされてきました。現代でも防災への備えが欠かせない時期です。
CHAPTER 03風祭り(風鎮め)の風習
台風や暴風による農作物の被害を防ぐため、各地で風祭り(かざまつり)が行われてきました。代表的なのは富山県富山市の「おわら風の盆」で、毎年9月1日〜3日に開催されます。哀愁漂う胡弓の音色と優美な踊りで知られ、全国から多くの観光客が訪れる一大行事です。
長野県の諏訪大社でも「風神祭」が行われるほか、全国の神社で風鎮めの祈祷が執り行われます。風を鎮めて五穀豊穣を祈るこれらの祭りは、自然の力を畏れ敬う日本人の精神が形になったものといえるでしょう。
パ
新米パパ / 2歳児のパパ
風祭りって何ですか?初めて聞きました。
博
カゾイロ博士 / 行事・風習の専門家
風祭りは台風や暴風雨を鎮めるために行う祭りです。富山県の「おわら風の盆」が最も有名で、9月1〜3日に優雅な踊りと胡弓の音色で風を鎮めます。越中八尾の町並みを練り歩く幻想的なお祭りですよ。
CHAPTER 04二百十日と農業の関わり
稲の栽培において、開花から実りにかけての時期に暴風雨に見舞われると、花粉が飛ばされて受粉できなかったり、茎が折れて収量が激減したりする被害が発生します。二百十日はまさにこの重要な時期にあたるため、農家は古くから特別な警戒心を持ってきました。
現代の農業では品種改良により倒伏に強い稲が開発されていますが、それでも大型台風の直撃を受ければ被害は避けられません。天気予報を活用した収穫時期の調整や、防風ネットの設置など、伝統的な知恵と現代の技術を組み合わせた対策が行われています。
CHAPTER 05現代における防災意識
この厄日は防災の日(9月1日)と同日またはその前後にあたることが多く、防災意識を高めるきっかけとしても活用できます。近年は地球温暖化の影響で台風が大型化・強力化する傾向があり、風水害への備えはますます重要になっています。
日本の治水の歴史は台風との戦いでもあります。江戸時代には利根川の東遷(とうせん)と呼ばれる大工事が行われ、もともと東京湾に注いでいた利根川を太平洋側(銚子方面)に付け替えました。関東平野を流れる大河川の流路を変えるこの大事業は、洪水被害を軽減するための一大国家プロジェクトでした。明治以降は岡田武松(中央気象台長)が気象観測を体系化し、室戸岬や潮岬などに観測所を設けて台風の接近を各地に伝える仕組みを整備しました。こうした先人たちの努力が、現代の防災体制の礎となっています。
家庭では窓の補強や排水溝の清掃、植木鉢の室内への取り込みなど、台風接近前にできる対策を確認しておきましょう。スマートフォンの防災アプリを活用して最新の気象情報をチェックする習慣をつけることも大切です。
INFO / 二百二十日も厄日
立春から220日目の「二百二十日」(9月11日頃)も台風の厄日とされています。二百十日と二百二十日は合わせて「農家の三大厄日」(残る一つは八朔=旧暦8月1日)と呼ばれています。
A.
2026年の二百十日は9月1日です。防災の日と同じ日にあたります。
A.
富山県富山市八尾町で9月1〜3日に行われる風鎮めの祭りです。越中おわら節に合わせた優美な踊りが全国的に有名で、毎年約25万人の観光客が訪れます。
A.
はい。立春から数えて210日目にあたる雑節の一つです。八十八夜や土用と同じく、季節の変わり目を表す暦注です。
『日本のしきたりがまるごとわかる本』では、二百十日について立春から数えて210日目にあたる雑節で、台風が襲来しやすい時期の目安として農家に重視されてきたと紹介されています。稲の開花時期と重なるため、暴風雨による農作物への被害が特に心配される時期です。各地では風を鎮めるための「風祭り」が行われ、富山県の「おわら風の盆」はその代表格として知られています。二百十日は暦と農業が密接に結びついた日本の雑節文化を象徴する存在です。
CHAPTER 06まとめ
二百十日は立春から210日目にあたる雑節で、台風シーズンの農業上の厄日として古くから警戒されてきました。おわら風の盆をはじめとする風祭りの文化は、自然と共に生きてきた日本人の知恵の結晶です。この時期をきっかけに、台風への備えを改めて点検してみてはいかがでしょうか。先人たちが暦に刻んだ警告を現代に活かし、自然災害に対する意識を高めていきましょう。風祭りの伝統が受け継がれている地域を訪ねてみるのも、日本の風土と文化を肌で体感する良い機会です。先人たちの季節の知恵を日々の暮らしに取り入れてみましょう。

