節分(せつぶん)は、立春の前日に邪気を払い福を招く日本の伝統行事です。2027年の節分は2月3日(水)、恵方は北北西。豆まきや恵方巻、柊鰯など独特の風習が今も受け継がれています。この記事では、節分の意味と由来、豆まきの正しいやり方、恵方巻の食べ方、子どもと楽しむ工夫までわかりやすく解説します。
CHAPTER 012027年の節分はいつ?恵方の方角は?
2027年の節分は2月3日(水曜日)です。節分は立春の前日なので、年によって2月2日になることもあります。2025年は2月2日でしたが、2026〜2028年は2月3日です。
節分の日付(自動計算)
| 2026年 | 2月3日(火) |
|---|---|
| 2027年 | 2月3日(水) |
| 2028年 | 2月3日(木) |
二十四節気は太陽の位置、旧暦の行事は新月の日、干支の日は暦の巡りから計算しています。 正式な日付は、国立天文台が毎年2月に翌年分を発表する暦要項で確定します。「頃」は時刻が日付の変わり目に近く、前後する可能性がある日です。
2月3日(水)
2027年の節分
北北西
2027年の恵方
年齢の数
食べる豆の数(+1個の地域も)

| 年 | 節分 | 恵方 |
|---|---|---|
| 2027年 | 2月3日(水) | 北北西 |
| 2028年 | 2月3日(木) | 南南東 |
| 2029年 | 2月2日(金) | 東北東 |
| 2030年 | 2月3日(日) | 西南西 |
恵方(えほう)とは、陰陽道において干支(えと)に基づいて定められる、その年のもっともよい方角のことです。恵方には福徳を司る歳徳神(としとくじん)がいるとされ、その方角に向かって事を行えば万事に吉とされています。恵方は西暦の下一桁によって決まり、4つの方角を10年周期で繰り返します。
| 西暦の下一桁 | 恵方 |
|---|---|
| 0・5 | 西南西 |
| 1・6 | 南南東 |
| 2・7 | 北北西 |
| 3・8 | 南南東 |
| 4・9 | 東北東 |
2027年は西暦の下一桁が「7」なので、恵方は北北西です。恵方巻を食べるときはこの方角を向きましょう。
CHAPTER 02節分とは?意味と由来・歴史
節分とは、文字通り「季節を分ける」という意味の言葉です。本来は立春(りっしゅん)・立夏(りっか)・立秋(りっしゅう)・立冬(りっとう)の前日すべてが節分ですが、現在では立春の前日(2月3日頃)だけを指すようになりました。節分は「雑節(ざっせつ)」と呼ばれる暦の一つで、中国由来の二十四節気(にじゅうしせっき)を補完するために日本で独自に設けられた生活の目安です。旧暦では立春が一年の始まりにあたるため、その前日の節分は大晦日(おおみそか)に相当する特別な日として重視されていました。

節分に邪気を払う行事が行われるようになったのは、古代中国の「追儺(ついな)」という宮中行事に由来します。文武天皇の頃(8世紀初め)に中国の宮廷行事を輸入したもので、「方相氏(ほうそうし)」と呼ばれる黄金の4つ目の仮面を付けた役人が中心となり、桃弓で葦矢を空に放って目に見えない悪霊を追い払いました。やがて方相氏の異様な姿そのものが鬼と見なされるようになり、追い払う側から追い払われる側へと変化していきました。こうして寺社の行事として鬼退治の形が定着し、室町時代には庶民にも広まって豆をまいて鬼を追い払う現在の形に発展しました。
INFO / なぜ「鬼」を追い払うのか?
古来、鬼は「隠(おに)」と呼ばれ、目に見えない疫病や災難を示す言葉でした。もともとは具体的な姿を持たない「見えない恐怖」の象徴でしたが、陰陽道の思想が広まるにつれて角が生え、赤や青の肌をもち、虎の毛皮を纏う恐ろしい姿へと変化しました。季節の変わり目は体調を崩しやすく、邪気(鬼)が入り込みやすいと考えられていたため、節分に鬼を追い払う風習が生まれました。豆をまくのは、豆=「魔目(まめ)」で鬼の目に豆をぶつけて退治するという語呂合わせや、豆を炒る=「魔を射る」という意味が込められているとされています。
鬼が出入りするとされる方角は北東(丑寅=うしとら)で、古来「鬼門(きもん)」と呼ばれてきました。陰陽道では丑寅の方角を災いが訪れる不吉な方位(ほうい)とし、家屋の北東にトイレや玄関を設けることを避ける風習が生まれました。鬼の姿が牛の角を生やし、虎皮のふんどしを締めているのも、丑(うし)と寅(とら)の方角に由来しています。節分の豆まきで「鬼は外」と唱えるのは、この鬼門から入り込む邪気を追い払う意味が込められているのです。
追儺と方相氏 ─ 節分の原型となった宮中行事
節分の豆まきの原型は、古代中国で行われていた「追儺(ついな)」という邪気払いの宮廷行事にあります。日本には奈良時代に伝わり、慶雲三年(706年)に文武天皇のもとで宮中行事として初めて行われたと記録されています。疫病が大流行したこの年、朝廷は中国の追儺の儀式にならい、目に見えない疫鬼を宮中から追い払う大規模な祓いの行事を執り行いました。
追儺式の中心を担ったのが「方相氏(ほうそうし)」と呼ばれる役です。方相氏は黄金の四つ目の仮面をかぶり、熊の皮を身にまとった異様な出で立ちで登場しました。紺色の衣(玄衣)と朱の裳を着用し、矛と盾を手に持って二〇人の従者を率い、内裏の四つの門を巡りながら桃弓で葦矢を放って鬼を撃退しました。四つの目は東西南北あらゆる方角の邪気を見通す力を象徴しています。
- 追儺(ついな)
- 古代中国に起源を持つ邪気払いの宮廷行事。日本では奈良時代の慶雲三年(706年)に宮中で初めて行われた記録がある
- 方相氏(ほうそうし)
- 追儺式で鬼を追い払う中心的な役。黄金の四つ目の仮面をかぶり、熊の皮を着て矛と盾を持つ。二〇人を率いて内裏の四門から桃弓と葦矢で鬼を撃つ
- 桃弓と葦矢(ももゆみとあしや)
- 方相氏が鬼を射るために用いた弓矢。桃は古来より邪気を払う霊木とされ、葦には穢れを祓う力があると信じられていた
方相氏は黄金四目の仮面をかぶり、玄衣に朱裳を着し、矛と盾を執りて、二〇人を率いて内裏の四門より桃弓葦矢をもって鬼を逐う
この追儺式の様子は平安文学にも描かれています。紫式部の『源氏物語』にも追儺の場面が登場し、宮中の年末行事として貴族たちの間に定着していたことがうかがえます。現在でも京都の吉田神社では、方相氏の衣装を再現した追儺式が毎年節分に行われており、平安時代の宮中行事の姿を今に伝える貴重な祭礼として知られています。
方相氏が「鬼」になった歴史
節分の歴史のなかで最も興味深い変遷のひとつが、鬼を追い払う側だった方相氏が、やがて鬼そのものと見なされるようになったという逆転劇です。平安時代の追儺式において、方相氏はあくまで邪気を追い払う「正義の側」でした。しかし平安末期から中世にかけて、その異様な姿 ─ 黄金の四つ目の仮面、熊の皮、矛と盾 ─ が人々の目には鬼そのものに映るようになり、立場が逆転していきます。
方相氏の姿があまりにも異形であったために、鬼を退治する者と鬼自身の区別がつかなくなったのです。中世以降、追儺式では方相氏の役割が次第に縮小し、代わりに豆をまいて鬼を追い払うという庶民的な形式が広まっていきました。現代の節分で「鬼」の面をかぶった人に豆を投げつけるという光景は、まさにこの方相氏の変遷の結果なのです。かつて鬼を追い払った英雄が、いつしか追い払われる鬼の側に回ってしまったという歴史の皮肉がここにあります。
| 時代 | 方相氏の立場 | 行事の形式 |
|---|---|---|
| 奈良時代(706年〜) | 鬼を追い払う守護者 | 方相氏が桃弓と葦矢で鬼を射る宮中追儺式 |
| 平安時代 | 宮中追儺の中心的存在 | 方相氏が矛と盾を持ち内裏四門を巡る。源氏物語にも描写 |
| 平安末期〜中世 | 異様な姿が鬼と混同され始める | 方相氏の役割が縮小し、豆まきの形式が台頭 |
| 室町時代以降 | 鬼として追われる側に逆転 | 庶民が豆をまいて鬼を追う現在の形式が定着 |
新米パパ / 2歳児のパパ
鬼を退治していた人が、逆に鬼扱いされるようになったんですか。面白いですね。
カゾイロ博士 / 行事・風習の専門家
そうなんです。今の節分で「鬼のお面をかぶって豆を当てられる」という形式は、方相氏の変遷を知ると見え方が変わりますよね。もともと鬼を追い払う守護者だった方相氏の姿が、時代を経て「追い払われる鬼」になった。行事の形は変わっても、邪気を払うという本質は千三百年以上変わっていません。
旧暦の大晦日としての節分
節分を深く理解するうえで欠かせないのが、旧暦における正月と立春の関係です。現代の暦(新暦・グレゴリオ暦)では正月は1月1日、立春は2月4日頃と約一か月の開きがありますが、旧暦(太陰太陽暦)では正月と立春はほぼ同時期にあたります。つまり旧暦の世界では「年が改まること」と「春が来ること」はほとんど同じ意味を持っていました。
立春の前日にあたる節分は、旧暦では大晦日に相当する日です。大晦日に行われていた「追儺」の行事と、立春前日の節分の豆まきは、本来同じ文化的意味を共有しています。どちらも旧年の厄を祓い、新しい年(=新しい春)を清浄な状態で迎えるための儀式だったのです。
年のうちに春は来にけり ひととせを去年とやいはむ今年とやいはむ
この古今和歌集の歌は、旧暦の暦のなかで年が明ける前に立春が来てしまった戸惑いを詠んだものです。まだ旧年のうちに春が到来し、「この一年を去年と呼ぶべきか、今年と呼ぶべきか」と迷う ─ それほどに正月と立春は密接な関係にありました。節分の豆まきで「鬼は外」と旧年の厄を追い払い、「福は内」と新年の福を招き入れる。この掛け声には、旧年の厄落とし・新年の招福・清新な生命力を得るという三つの意味が込められているのです。
豆まきの始まり
現在のように「豆をまいて鬼を追い払う」形の節分が記録に現れるのは室町時代です。伏見宮貞成親王の日記『看聞日記(かんもんにっき)』など、当時の公家や僧の日記に節分の豆まきの記録が残されています。
追儺式が宮中の格式高い儀式であったのに対し、豆まきはより庶民的で簡素な形式です。室町時代には公家だけでなく武家や庶民の間にも豆まきが広がり、節分の行事として全国的に定着していきました。追儺式の「桃弓と葦矢で鬼を射る」という武具を用いた形式から、「炒り豆を手でまく」という誰もが参加できる形式へと変化したことで、節分は宮廷行事から家庭行事へと姿を変えたのです。
新米パパ / 2歳児のパパ
豆まきって室町時代からあったんですね。てっきりもっと最近の風習かと思っていました。
カゾイロ博士 / 行事・風習の専門家
室町時代の公家や僧の日記には、すでに節分の豆まきの記録が見られます。六百年近く前から豆で鬼を追い払っていたというのは驚きですよね。宮中の追儺式から庶民の行事へと形を変えながらも、邪気を払って福を招くという本質は変わらずに受け継がれてきたのです。
鬼門と恵方 ─ 方位と節分の関係
節分と方位には切り離せない関係があります。古来、日本では十二支(じゅうにし)が方位に配されており、子(ね)が北、卯(う)が東、午(うま)が南、酉(とり)が西を指します。丑(うし)は北北東、寅(とら)は東北東、辰(たつ)は東南東、巳(み)は南南東、未(ひつじ)は南南西、申(さる)は西南西、戌(いぬ)は西北西、亥(い)は北北西にそれぞれ当てられています。恵方の決まり方もこの十二支と十干(じっかん)の組み合わせに基づいており、その年の十干によって歳徳神がいる方角が定まります。
節分で追い払う鬼の出入口とされたのが鬼門です。鬼門は丑寅(うしとら)、すなわち東北の方角にあたり、古くから不吉な方角として忌み嫌われてきました。一方で、鬼門の正反対にあたる未申(ひつじさる)、すなわち南西の方角は「裏鬼門(うらきもん)」と呼ばれ、同様に凶の方角とされました。家を建てる際に北東と南西の方角に特別な配慮をする風習は、この鬼門・裏鬼門の考え方に由来しています。
TIP / 方違え(かたたがえ)の風習
方違え(かたたがえ)とは、凶の方角に出かける際、一度別の方角に立ち寄ってから目的地に向かうことで凶を避ける風習です。平安貴族の間で盛んに行われ、『源氏物語』や『枕草子』にも方違えの記述が見られます。現代では廃れた風習ですが、節分の方位を意識する文化のルーツとして、方違えの考え方は重要な位置を占めています。
新米パパ / 2歳児のパパ
恵方の方角って毎年どうやって決まるんですか?十干って聞きなれないんですが。
カゾイロ博士 / 行事・風習の専門家
十干は甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の10種類で、十二支と組み合わせて暦を表します。恵方は歳徳神(としとくじん)がいる方角のことで、その年の十干によって決まります。ただ、実質的には4方角の繰り返しなので、西暦の下一桁で簡単に判別できますよ。裏鬼門や方違えは現代ではあまり気にされませんが、節分の「鬼は外」の背景にこうした方位の文化があることを知っておくと、行事がもっと味わい深くなります。
CHAPTER 03豆まきのやり方と子どもと楽しむ工夫
節分といえば豆まきです。ただ豆を投げるだけと思われがちですが、実は正式な作法があります。地域や家庭によって多少の違いはありますが、基本的な手順は以下の通りです。

- 01福豆(炒り大豆)を用意し、枡に入れて神棚に供える豆まきに使う豆は必ず炒った大豆を使います。生の豆は「芽が出る=魔の目が出る」として縁起が悪いとされるためです。前日の夜から神棚や高い場所に供えておくのが正式です。
- 02夜になったら家の奥から順に豆をまく鬼は夜にやってくるとされるため、豆まきは日が暮れてから行います。家の一番奥の部屋から玄関に向かって順番にまいていきます。
- 03窓や戸を開けて「鬼は外!」と豆を外に向かってまく各部屋の窓を開け、外に向かって「鬼は外!」と声をかけながら豆を2回まきます。
- 04すぐに窓を閉めて「福は内!」と部屋の中にまく外に出した鬼が戻ってこないよう素早く窓を閉め、「福は内!」と部屋の中に向かって豆を2回まきます。
- 05最後に玄関から外に向かってまき、戸を閉める家中の鬼を外に追い出したら、玄関の戸を閉めて完了です。
- 06年齢の数+1個の福豆を食べる自分の年の数だけ豆を食べることを「年とり豆」と呼びます。年齢より1つ多い数を食べるのは、新しい年の分を1つ足すことで1年の無病息災を祈るためです。
豆まきを家族で楽しむためには、事前の準備が大切です。まず福豆を用意しましょう。福豆は炒った大豆のことで、スーパーや和菓子店で節分用として販売されています。自宅で作る場合は、乾燥大豆をフライパンで中火にかけ、15〜20分ほどじっくり炒ります。皮がはじけて香ばしい匂いがしてきたら完成です。
福豆は升(ます)に入れるのが正式です。升は「益す」に通じることから縁起物とされています。升がなければ、きれいな器やお椀で代用して構いません。豆まき当日の夕方までに神棚や目線より高い場所に供えておくと、神様の力が宿るとされています。
豆まきの時間帯は日が暮れてからが正式です。鬼は夜に活動すると考えられていたためです。ただし、小さなお子さんがいるご家庭では、暗くなる前の夕方に行っても構いません。大切なのは家族みんなで声を合わせて邪気を払うことです。
新米パパ / 2歳児のパパ
豆まきは夜にやるものなのですね。家族一緒にやるときは、誰がまくのがいいのですか?
カゾイロ博士 / 行事・風習の専門家
正式には年男(その年の干支生まれの男性)が豆をまく役を務めます。干支が一巡して戻ってきた年の人は縁起がよいとされ、邪気を払う力が強いと考えられていたためです。現代では家族みんなで楽しむのが一般的ですので、小さなお子さんも一緒にまけば節分のよい思い出になりますよ。
豆まきの掛け声「鬼は外、福は内」には、単なる厄払いにとどまらない深い意味があります。「鬼は外」は、旧年中にたまった病気・災い・不和といった目に見えない災厄を家の外へ追い払う宣言であり、「福は内」は、新しい年に健康・豊穣・家内和合の福を招き入れる祈りです。さらに、豆まきの後に自分の年齢(数え年)の数だけ福豆を食べる「年取り豆」には、炒った大豆を体に取り込むことで新しい年の生命力を得るという意味が込められています。節分は旧暦の大晦日にあたるため、豆まきは年越しの祓いと新春の招福を一度に行う行事だったのです。
TIP / 「鬼は外」と言わない地域もある
豆まきの掛け声は全国共通ではありません。千葉県の成田山新勝寺では、御本尊の不動明王の前では鬼も改心するとされ「福は内」のみを唱えます。また、鬼子母神を祀る寺では「鬼は外」を唱えないところがあり、鬼を神として祀る神社では「福は内、鬼は内」と唱えるところもあります。お住まいの地域の掛け声を調べてみるのも面白いでしょう。
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国産大豆 福豆(こんぺいとう入り・30袋)(新しいタブで開きます)
国産大豆を使った小袋入りの福豆。小分けなので豆まきのあとも拾いやすく、年の数だけ食べるのにも便利です。
CAUTION / 豆まきの後片付けも忘れずに
屋外にまいた豆はそのままにしておくと鳥や虫が集まる原因になります。翌朝には掃除をしましょう。室内にまいた豆も、小さなお子さんやペットが誤って口にしないよう、すぐに拾い集めてください。個包装の豆を使えば片付けが格段に楽になります。
小さな子どもがいる家庭の豆まき
- 新聞紙やチラシを丸めた「紙豆」を使う。当たっても痛くなく、片付けも楽
- 個包装の豆を使えば衛生的で誤飲の心配も少ない
- 落花生(殻付き)は大きくて拾いやすく、小さな子の誤飲防止にもなる
- ボーロやたまごボーロで代用する家庭も。まいた後に楽しく拾い食べできる
- 鬼役はパパが定番。怖がりすぎる子には「泣き虫鬼」「怒りんぼ鬼」など心の鬼を退治する設定にすると怖さが和らぐ
最近では鬼役を本格的に演じるお父さんも増えており、リアルな鬼の衣装やメイクで登場するケースもあります。ただし、あまりにリアルすぎると小さなお子さまがトラウマになることもあるため、年齢に合わせた演出を心がけましょう。3歳未満のお子さまには、かわいらしい手作りのお面程度がちょうどよいかもしれません。
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張子風 鬼のお面・衣装セット(新しいタブで開きます)
張子風の鬼のお面と衣装がセットになった節分グッズ。鬼役が本格的になり、子どもとの豆まきが盛り上がります。
紙皿で作る鬼のお面
画用紙や紙皿で鬼のお面を手作りすれば、節分がもっと盛り上がります。赤鬼・青鬼・黄鬼など好きな色で作り、毛糸で髪の毛をつけたり、角を立体的にしたりと工夫次第で楽しさは無限大です。保育園や幼稚園でも定番の製作活動として親しまれています。
- 01紙皿を好きな色(赤・青・緑など)で塗る絵の具やクレヨンで紙皿全体を鬼の色に塗ります。赤鬼、青鬼、黄鬼など好きな色を選びましょう。
- 02画用紙で角と眉毛を作って貼り付ける黄色い画用紙を三角形に切って角を作り、黒い画用紙で太い眉毛を作ります。角には黒マジックで横縞模様を描くとリアルになります。
- 03目と口を描く(または穴を開ける)目の位置に穴を開けるとお面として被れます。大きな口と牙を描いて怖い表情にしましょう。
- 04毛糸やお花紙で髪の毛をつけるくしゃくしゃにした毛糸やちぎったお花紙を角の周りに貼り付けると、もじゃもじゃ頭の鬼の完成です。
- 05輪ゴムや紐をつけて完成紙皿の両側に穴を開けて輪ゴムを通せば、頭に固定できます。お子さんの頭のサイズに合わせて調整しましょう。
新米パパ / 2歳児のパパ
紙皿なら簡単にできそうですね。2歳の子供でも一緒に作れますか?
カゾイロ博士 / 行事・風習の専門家
色塗りや毛糸を貼る作業はお子さんにもできます。はさみを使う工程はパパ・ママが担当して、仕上げのデコレーションをお子さんに任せると楽しく作れますよ。完成したお面をかぶって豆まきをすれば盛り上がること間違いなしです。
節分クイズ ─ 鬼の色の意味
節分の日に家族で楽しめるクイズをいくつかご紹介します。「鬼の色にはそれぞれ意味がある?」の答えは「はい」です。仏教の五蓋(ごがい)に基づき、赤鬼は貪欲(欲望)、青鬼は瞋恚(怒り)、黄鬼は掉挙(わがまま)、緑鬼は惛沈(怠惰)、黒鬼は疑(疑い)をそれぞれ象徴しています。
CHAPTER 04恵方巻・柊鰯と節分の食べ物
恵方巻の由来
恵方巻の起源には複数の説があります。有力なのは、江戸時代末期から明治時代にかけて大阪の船場(せんば)で商人たちが商売繁盛を祈って太巻きを丸かぶりしたという説です。花街の遊びとして始まったという説もありますが、詳しい記録は残っていません。
昭和初期には大阪の寿司組合や海苔業界が「節分に太巻きを丸かぶりすると幸運が訪れる」とチラシを配布して販売促進を行いました。しかし、この時点では関西限定の風習にとどまっていました。転機となったのは1989年にセブン-イレブンが広島県で「恵方巻」の名前で太巻きの販売を開始したことです。その後1998年に全国展開され、2000年代には他のコンビニやスーパーも追随して一気に全国の風習として定着しました。
恵方巻の具材は7種類が基本とされ、七福神にちなんで7つの福を巻き込むという意味があります。かんぴょう、きゅうり、椎茸煮、伊達巻(だてまき)(卵焼き)、うなぎ(穴子)、桜でんぶ、高野豆腐が伝統的な具材ですが、現在では海鮮やカツなど自由なアレンジも楽しまれています。
恵方巻を食べるときの3つのルール
- 01その年の恵方を向いて食べる2027年の恵方は北北西です。スマートフォンのコンパスアプリを使えば正確な方角を確認できます。家族全員が同じ方向を向いて食べるとよいでしょう。
- 02食べ終わるまで一言もしゃべらない願い事を心の中で唱えながら黙々と食べます。途中で話すと福が逃げるとされています。小さなお子さんは難しいかもしれませんが、ゲーム感覚で「だまって食べよう」と声をかけると楽しめます。
- 03太巻きを切らずに丸ごと一本かぶりつく「縁を切らない」という願いを込めて、包丁で切らずにそのまま食べます。ただし小さなお子さんやお年寄りは無理をせず、食べやすい大きさに切っても構いません。安全が最優先です。
新米パパ / 2歳児のパパ
2歳の子供にも太巻きを丸かぶりさせるのは難しそうです。何かよい方法はありますか?
カゾイロ博士 / 行事・風習の専門家
小さなお子さんには細巻きやハーフサイズの恵方巻がおすすめです。具材も卵焼きやきゅうりなど食べやすいものにしてあげましょう。最近ではロールケーキを恵方巻に見立てた「スイーツ恵方巻」も人気ですよ。
柊鰯(ひいらぎいわし)
節分の魔除けとして玄関先に飾られるのが柊鰯(ひいらぎいわし)です。焼いた鰯の頭を柊の枝にさしたもので、「やいかがし」とも呼ばれます。やいかがしは「焼き嗅がし」という意味で、門や家の軒下につるして魔除けのおまじないにします。柊のトゲが鬼の目を刺し、鰯を焼いた強い臭いで鬼を追い払うという二重の魔除けです。ここから「鰯の頭も信心から」ということわざも生まれました。

古来、鬼は臭いの強いものや尖ったものを嫌うとされていました。柊鰯は、焼いた鰯の頭を柊の小枝に差して玄関先や門口に飾ります。役目を終えたら、塩で清めて紙に包んで処分するか、神社に納めます。
飾る時期は地域によってさまざまで、節分の日に飾って翌日の立春に外すところが多いほか、2月いっぱい飾る地域や、小正月(1月15日)から飾る地域、翌年の節分まで飾る地域もあります。現在では衛生面や臭いの問題から飾る家庭は減っていますが、西日本を中心に今も残る風習です。くわしくは柊鰯はいつからいつまで飾る?の記事で紹介しています。
地域ごとの節分の食べ物
節分の食べ物は豆と恵方巻だけではありません。地域によってさまざまな食文化が伝わっています。
| 食べ物 | 主な地域 | 意味・由来 |
|---|---|---|
| 福豆(炒り大豆) | 全国 | 邪気を払い、年齢+1個食べて無病息災を祈る |
| 恵方巻 | 全国(発祥は大阪) | 恵方を向いて丸かぶりし、福を巻き込む |
| けんちん汁 | 関東 | 根菜たっぷりの精進料理。体を温め邪気を払う |
| 節分そば | 出雲・信州ほか | 旧暦の年越しにあたるため「年越しそば」として食べる |
| こんにゃく | 四国 | 「砂おろし」と呼ばれ、体内の毒を排出する意味 |
| くじら | 山口県 | 大きなものを食べて邪気を払う「大きい=縁起がよい」 |
| 落花生 | 北海道・東北・九州の一部 | 雪の中でも拾いやすく衛生的。殻をむいて食べる |
新米パパ / 2歳児のパパ
北海道では落花生をまくのですか?大豆とはずいぶん違いますね。
カゾイロ博士 / 行事・風習の専門家
はい、雪の多い地域では大豆だと雪に埋もれて拾えなくなるため、殻付きの落花生が使われるようになりました。衛生的で拾いやすく、小さなお子さんのいる家庭でも人気がありますよ。
けんちん汁 ─ 関東の節分料理
関東地方では節分にけんちん汁を食べる風習があります。けんちん汁は建長寺(けんちょうじ)の精進料理が語源とされ、大根・にんじん・ごぼう・里芋・こんにゃく・豆腐などの具材をごま油で炒めてから出汁で煮る汁物です。肉や魚を使わない精進料理であることから、節分の祓いの行事にふさわしいとされました。
節分そば ─ 旧暦の年越しそば
信州(長野県)や出雲(島根県)を中心に、節分にそばを食べる「節分そば」の風習があります。旧暦では立春が新年の始まりにあたるため、その前日の節分は大晦日に相当します。つまり節分そばは旧暦の「年越しそば」にあたるのです。
こんにゃく ─ 四国の「砂おろし」
四国地方では節分にこんにゃくを食べる風習があります。こんにゃくは「砂おろし」「胃のほうき」とも呼ばれ、体内にたまった砂や毒素を排出してくれると信じられていました。現代の栄養学でもこんにゃくは食物繊維(グルコマンナン)が豊富で、腸内環境を整える効果が知られています。節分の祓いにふさわしい食材として重宝されてきたのです。
節分の豆まきで使った大豆は、年の数だけ(または年の数プラス1つ)食べると一年間健康に過ごせるとされています。余った豆は炊き込みご飯や味噌汁の具として活用できます。節分豆の炊き込みご飯は香ばしくて美味しいので、ぜひ試してみてください。
有名な寺社の節分行事
節分の時期には全国各地の寺社で盛大な豆まき行事が行われます。有名な節分祭・節分会をいくつかご紹介しましょう。

| 寺社名 | 所在地 | 特徴 |
|---|---|---|
| 成田山新勝寺 | 千葉県成田市 | 力士や歌舞伎役者が豆をまく「節分会」が有名。「福は内」のみを唱える |
| 浅草寺 | 東京都台東区 | 七福神の舞が奉納される。年男・年女が特設舞台から豆をまく |
| 八坂神社 | 京都府京都市 | 舞妓さんや芸妓さんが豆をまく華やかな節分祭 |
| 大阪天満宮 | 大阪府大阪市 | 巫女による神楽奉納の後、境内で盛大な豆まきが行われる |
| 吉田神社 | 京都府京都市 | 室町時代から続く「追儺式」。赤・青・黄の三匹の鬼が登場 |
| 金峯山寺 | 奈良県吉野町 | 「鬼は内、福は内」と唱える珍しい節分会。鬼を仏の力で改心させる |

地図を読み込み中...
特に京都の吉田神社の「追儺式」は、平安時代の宮中行事の様式を今に伝える貴重な行事です。方相氏(ほうそうし)に扮した演者が、矛と盾を持って三匹の鬼を追い払う様子は迫力満点です。毎年約50万人もの参拝者が訪れ、境内には約800もの露店が並びます。
千葉県成田市の成田山新勝寺は、日本でもっとも有名な節分行事の一つを行う寺院です。毎年、東京の歌舞伎役者をはじめ力士や芸能人を招いた盛大な「節分会(せつぶんえ)」が催され、約5万人もの参拝者で境内が埋め尽くされます。成田山では御本尊の不動明王の前では鬼も改心するとされるため、「鬼は外」とは唱えず「福は内」のみを唱えるのが特徴です。
東京都八王子市の高尾山薬王院でも、毎年盛大な節分会が行われます。標高約600メートルの山上で行われる豆まきは独特の雰囲気があり、力士や芸能人も特別年男として参加します。高尾山は古くから修験道の霊場として知られ、山伏による護摩焚きが節分会に先立って行われるのも見どころです。
埼玉県嵐山町にある鬼鎮神社(きぢんじんじゃ)は、その名の通り鬼を祀る全国的にも珍しい神社です。ここでは節分に「福は内、鬼は内、悪魔外」と唱えます。鬼が神として敬われているため「鬼は外」とは言わず、鬼の力を味方につけて悪魔(災厄)だけを追い払うのです。受験生や勝負事の祈願に訪れる人が多く、「鬼に金棒」のお守りが人気です。
INFO / お子さん連れで節分祭に参加するコツ
有名寺社の節分祭は大変な混雑になります。小さなお子さん連れの場合は、比較的空いている午前中の早い時間帯に参拝するのがおすすめです。また、地元の小さな神社でも豆まき行事を行っているところが多いので、穴場を探してみるのもよいでしょう。
CHAPTER 05節分をテーマ別にくわしく
気になるテーマごとにくわしく解説した記事もあわせてご覧ください。
CHAPTER 06節分に関するよくある質問
A.
2027年の節分は2月3日(水曜日)で、恵方は北北西です。恵方巻を食べるときは北北西を向いて、黙って丸かぶりしましょう。
A.
伝統的には炒り大豆が正式ですが、北海道・東北・九州の一部では落花生を使います。どちらも正しい風習です。小さなお子さんがいる家庭では、誤飲防止のため殻付きの落花生がおすすめです。
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恵方巻は大阪発祥の風習で、1989年にセブン-イレブンが広島県で「恵方巻」の名前で販売を始め、1998年に全国販売を開始したことをきっかけに広まりました。それ以前は主に関西地方の風習でした。
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はい、地域や寺社によって掛け声はさまざまです。千葉県の成田山新勝寺では御本尊の不動明王の前では鬼も改心するとされ、「福は内」だけを唱えます。また、鬼子母神を祀る寺では「鬼は外」を唱えないところがあり、鬼を神として祀る埼玉県の鬼鎮神社などでは「福は内、鬼は内」と唱えます。ほかにも奈良県の金峯山寺や群馬県の鬼石地区、東京の稲荷鬼王神社などが「鬼は外」と言わないことで知られています。
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節分は立春の前日にあたる日で、季節の変わり目を意味します。立春は二十四節気のひとつで「春の始まり」を表す日です。節分で邪気を払い清めた翌日に、新しい春を迎えるという流れです。
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室内にまいた豆は拾い集めて食べるのが基本です。屋外にまいた豆は翌朝掃除しましょう。食べきれない場合は、福茶(豆にお湯や緑茶を注いだもの)にして飲んだり、炊き込みご飯やサラダに混ぜたりして無駄なく活用できます。
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地域や家庭によって異なります。旧暦の考え方に従えば数え年(満年齢+1)の数ですが、現在では満年齢の数だけ食べる家庭も多く、「年齢+1個」を食べる地域もあります。どれでも構いません。食べきれない場合は、福豆にお茶を注いだ「福茶」にして飲む方法もあります。
CHAPTER 07まとめ
節分は、季節の変わり目に邪気を払い、新しい春を清々しく迎えるための行事です。起源は慶雲3年(706年)の宮中の追儺式にさかのぼり、室町時代に豆まきの形が広まりました。2027年の節分は2月3日(水)、恵方は北北西。豆まきで鬼を追い払い、恵方巻を丸かぶりして福を呼び込みましょう。5歳以下の子どもがいる家庭では、豆を食べさせず、個包装の豆や落花生、紙豆を使って安全に楽しんでください。






